最近、
ある出来事をきっかけに
夫との価値観の違いを
改めて意識することがありました。
きっかけは、
中学校の運動会での
ほんの一場面。
大きな衝突があったわけでも、
声を荒げたわけでもありません。
ただ、
夫の口から自然に出た
ひとつの言葉を前にして、
私はその場でうまく反応できず、
小さな違和感を
胸の奥に残したまま
一日を過ごしました。
けれど今振り返ると、
あの出来事は私にとって、
「どんな母でいたいのか」
そして
「夫と、どう向き合っていきたいのか」
を静かに問い直す
時間だったように思います。
今回は、
そのときに感じたこと、
考えたことを
言葉にしてみようと思います。
運動会での、ささやかな出来事
彼は短距離走の選手に選ばれ、
全力で走りきりましたが、
結果は最下位。
それでも息子は、
少し照れたように
こう話してくれました。
「走れただけでも、
名誉だったよ」
私はその言葉が、
とても嬉しかったのです。
結果よりも、
そこに至るまでの姿勢や
自分なりに意味づけできたことの方が
ずっと大切だと感じていたから。
ところが、そのあと。
夫が、ぽつりと
こんな言葉を口にしました。
「残念な結果は、
ちゃんと残念だったって
認めなきゃダメだ」
その瞬間、
胸の奥に
小さな引っかかりが生まれました。
どうして、
そこまで“残念”だと
認めさせる必要があるんだろう。
この子は、
自分なりに納得しているのに?
そんな思いが、
次々と浮かんできました。

夫の価値観が向いていた先と違和感
夫は息子にこう問いかけました。
「残念な結果だったよね?悔しくないの?負けてそのままでいいの?」
私は内心、はっとしました。
夫は自分が「残念だと感じた」
だから、息子も
「残念だ」と感じるべき。
それを認めずにいるのは、
”負け””プライド”。
そして
「勝つこと」に重きを置いているような
空気感がありました。
まるで息子の感じた気持ちを
否定するような響きさえ纏って。
さらに彼はこう続けました。
「負けを認めることが大事だ。そうしないとプライドばかりが先に立ってしまう。
プライドじゃ食べていけない。素直なほうが、結果的に得をするんだ。」
私は、彼が何を伝えたいのか
分からなくなってしまいました。
勝ち負けにこだわる気持ち、
悔しさをバネにしようとする考え。
それももちろん大切な一面。
でも、息子の心の動きや、
今感じていることとは
少しズレているように感じたのです。
この時私が感じたのは、
「怒り」ではなく、「戸惑い」でした。
そしてその奥にあったのは
やはり
「自分の価値観を押し通したい」
という、夫の強い思いだった
と気付いたのでした。
“子どものため”は本当に“子どものため”?
夫は
「子どもの将来のために」
という言葉をよく使います。
それはきっと、
嘘ではありません。
ただ、
その中に
「自分が通ってきた道」を
重ねてしまってはいないだろうか。
そんなふうに
考えるようになりました。
すべてのことに
全力で向き合い、
一番を目指す生き方は、
確かに強さを育てます。
でも同時に
とても
消耗する生き方でもあります。
何に力を注ぎ、
何を手放すか。
その取捨選択こそ、
これからの時代に
必要な力なのではないか。
私は、
そう感じるのです。
たしかに
夫はこれまでの人生で
負けを認めず
努力を重ねてきた人だった
のかもしれません。
そうやって
サバイバルしてきたからこそ
同じ道を息子にも歩んでほしい
と思うのかもしれません。
でも、私は思うのです。
でも、それって本当に
息子のため?
何を大切にして、
どんなことに心から力を注ぐか――
それは
息子自身が選び、
決めるべきこと。
すべてのことに全力で
一番を目指すような生き方は、
時にしんどさや苦しさを伴います。
自分にとって何が大切か
を見極める力を
息子にはこれから育てていってほしい。
だから私は、
息子の言葉を否定せず、
その価値観を大切にしてあげたい。
小さな選択ひとつでも
意味を見出し
自分の中で納得して
進んでいけるような大人になってほしい
そんな風に思っています。
息子に伝えたかったこと
夫がその場を離れたあと、
少し戸惑った表情の息子に、
私はこんな話をしました。
「たとえば、大好きな車のレースで最下位だったら、
きっと悔しくて、次はどうしようって、本気で考えるよね。でも、今回そうじゃなかったのは、
君にとってそこまで大きな意味を持つことじゃなかったから
なんじゃないかなそれって、悪いことじゃないと思うよ。
誰かの土俵で無理に戦うより、自分が大切にしたいことを見つけて、そこでは本気で頑張れる人になってくれたら、ママは嬉しいな」
息子は、
少し安心したように
笑ってくれました。
その笑顔を見て、
私は
「これでよかったんだ」と
静かに思いました。
夫とどう向き合っていくか
価値観がぶつかるとき、
私がいつも悩むのは、
「どう伝えれば、対立にならずに届くのか」
ということです。
夫を否定したいわけではありません。
彼なりに家族を思い、
息子の将来を考えていることも
分かっているから。
だからこそ
感情でぶつけるのではなく
言葉の背景を
一緒にほどいていけたらいい。
「その言葉は、
どんな経験から来たものなのか」
「どんな場面で
本当に力になるのか」
そんなところまで共有できたら、
息子にとっても
“選べる材料”になるのだと思います。
……とはいえ、
現実には
なかなか。(笑)
夫と共有すらできず
余裕がない事の方が多いのですけれど。
気を付けなければならないのは
むき身の言葉は、時に
子どもに重くのしかかることもある。
だからこそ
ただ感情的にぶつけるのではなく、
意味を持って丁寧に伝えることが
大切だと感じています。

たとえば、
「プライドは大事だ」と言うなら、
それがどんな場面で
支えになるのかまで伝える。
「素直さは金になる」と語るなら、
それがどんな経験に基づく言葉なのか、
息子にもわかるように伝えていく。
そうすることで、
息子は一方的に押しつけられるのではなく
「大人にもいろんな考え方がある」
と知ることができる。
選ぶのは本人。
だからこそ
選べる材料として、
私たち親が丁寧に伝える努力を
していけたらいいんだろうな。
と思いました。
…実際には手が回らないことの方が
多いですけどね。
おわりに
夫と息子、そして私。
みんなが違う価値観を持っていて、
それぞれの中に正しさがある。
それぞれが
違う価値観を持ち
それぞれの中に
正しさがあります。
夫はまだその事に気付いていないけれど
息子には、まずは
「自分の気持ちを大切にしていい」
と伝え続けたい。
そして
夫とは、
「わかり合おうとする姿勢」を
手放さずにいたい。
理解できないところから始まる学びも、
きっとあると思うからです。
だからこそ
違いをどう受け止め
どう歩み寄るかが
これからの家族の関係に
大きな影響を与えると思いました。
どんな形であれ、
「わかり合おうとする」姿勢が
家族としての歩みに繋がると
私は信じています。
今回も最後まで読んで頂き、
ありがとうございました。












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