子どもの尊厳を守る母の学び|失敗を責めない子育てとは

最近になって、ようやく

「母としてどう動くべきか」
「子どもにとって本当に良い対応は何か」

ということを考えられるようになってきました。
母親13年目です。

長男がまだ小さいころ
私は夫と同じように“親の権限”を振りかざし
「正しさ」を前提に
子どもと向き合ってしまっていたと思います。

「これはダメ」「こうするべき」
という言葉ばかりで、

子どもの気持ちを聞くよりも先に
“正しいことを教える”ことに必死になっていたのです。

今振り返ると、それは
自分が幼いころに親から受けてきた対応の影響
だったことに気付いたんです。

親から「正しいことをしなさい」と
強く言われて育ったからこそ、
それを無意識に
自分の子どもにもやってしまっていたのだと思います。

兄の中学受験が終わり、
次男が小学校高学年にさしかかった今になって
ようやく

「本当に子どものためになることは何か」を
客観的に考えられるようになりました。

そして気づいたのは
「正しさ」ではなく
尊厳 を守ることの大切さです。

親の「正しさ」と子どもの尊厳

親であれば
「子どもに正しいことを伝えたい」
と思うのは自然なことです。

ただ、その“正しさ”が
一方的な押し付けになってしまうと

子どもは
「自分の気持ちより正しさが優先されるのだ」
と学んでしまいます。

私自身、かつてはそれに気づかずに
「正しさ」を盾に子どもと向き合っていました。

結果的に、
子どもの気持ちを軽んじてしまったこともあったと思います。

そこで改めて考えました。

尊厳とは何か。

私にとっての尊厳とは――
「自分の存在や感情が否定されず、大切に扱われること」。

私自身の尊厳についてはこちらの記事でも書いています。

大げさに聞こえるかもしれませんが、
子どもにとっても同じです。

失敗してしまったとき
落ち込んでいるとき

その気持ちを
「間違い」や「わがまま」と
切り捨てられるのではなく、

まず「そう感じたんだね」と受け止めてもらえることが
尊厳を守るということだと思うのです。

夫とのエピソード①:ヨーグルトの一件

ある朝のことです。

私と次男が朝食を食べていると
夫が起きてきて、
日課の自家製ヨーグルトと冷凍ブルーベリーを用意していました。

ところがその途中で
夫がヨーグルトを傾けてしまい
中身が冷蔵庫の中に少しこぼれてしまったのです。

普通なら
「あ、こぼしちゃった」と自分のミスとして片付ける場面。

しかし夫は、
冷蔵庫の手前に置かれていた子どものペットボトルを見て
「ここに置いてあるからだ!」と、
次男のせいにしました。

私はそれを聞いて、
思わず口を出してしまいました。

「何でも人のせいにするのは格好悪いからやめなよ」

と。

子どもを守りたい一心で出た言葉でしたが
子どもの前で父親を否定するような
言い方をしてしまったことには反省しました。

もっと冷静に
「今はヨーグルトの件とペットボトルは関係ないよ」
と伝えればよかったのかもしれません…

でも、そのとき私が強く感じたのは
自分のミスを責任転嫁される子どもの気持ちです。

「自分が悪くないのに責められる」
――それは尊厳を傷つける体験です。

だからこそ、
私は子どもの立場に立ち、
声をあげるしかありませんでした。

夫とのエピソード②:外食帰りの次男の沈黙

また別の日のこと。

家族で夕飯を食べに行った帰り道
次男が何か思うところがあったのか
口数が少なくなって黙って歩いていました。

その沈黙に夫が苛立ち
「どうした?なんでそんな態度を取るんだ?」と
家族全員の前で問い詰めたのです。

私はその場の空気が重くなるのを感じ
慌てて違う話題を振りました。

でも、

次男を守る言葉を
すぐに出すことはできませんでした。

後から寝る前に次男と二人になったときに
「さっきはどうしたの?」と静かに話を聞きました。

すると、
次男なりに感じていたことが少しずつ言葉になって出てきました。

このとき痛感したのは――

人前で問い詰められることが、
どれほど子どもの心を傷つけるかということです。

公の場での「問い詰め」が子どもに与える影響

「なんでそんな態度を取るんだ?」
「どうしてそんなことをしたんだ?」

こうした問いかけは、親にとっては
「気づきを与えたい」
という意図があるのかもしれません。

でも、子どもにとっては
単なる戒めとして響くと思うんです。

特に人前で問い詰められると
恥ずかしさや屈辱感でいっぱいになり

「自分はダメなんだ」
としか思えなくなってしまうのです。

その積み重ねは
「失敗してはいけない」
「間違ってはいけない」という思考に直結します。

挑戦することを恐れるようになり
自分の気持ちを表現できなくなる。

これは本当に危険なことだと感じています。

そして、これは私自身の過去とも重なります。

親からの「正しさ」を押し付けられ
失敗を責められる経験を繰り返す中で

「失敗は許されない」と思い込んでしまったのです。

母としてできること

では母として、
どうすれば子どもの尊厳を守れるのでしょうか。

私が心がけているのは、

  • その場で問い詰めないこと
  • 落ち着いてから静かに話を聞くこと

です。

ヨーグルトの件では子どもを守るために
つい夫を正面から否定するような言い方をしてしまいましたが、

外食帰りの件では
まず空気を変えて
その後に二人きりで話を聞くことができました。

子どもは「失敗した」と
自分で気づいていることが多いです。

そのときにさらに追い詰められるのではなく
「どうしたの?」と安心して話せる時間を与えること。

これこそが母としてできる
「守り」だと思っています。

自分の中の「親の声」に気づくこと

ただ、こうした対応ができるようになったのは
本当に最近のことです。

私自身、長男が小さいころは
夫と同じように「正しさ」で
子どもを追い詰めていました。

それは自分が幼いころに受けた親の影響。

「親の声」が自分の中に残っていて
無意識に同じことをしてしまっていた
のです。

先入観や過去の記憶は
本当に怖いものです。

でも今なら、
いろんな人の話を聞いたり
本を読んだりしながら
親としてどうありたいかを考え直せています。

そして、
「学び直すことはできる」と実感しています。

これからの私が目指す母親像

完璧な母親にはなれないと思います。
きっとこれからも失敗するし
反省することは続くでしょう。

でも、

私が目指したいのは「尊厳を守る母親」。

  • 子どもの気持ちを否定せずに受け止める
  • その場で問い詰めずに、後で静かに話を聞く
  • 失敗しても大丈夫だと伝える

そんな姿勢を持ち続けたいと思います。

「あなたは大切にされる存在だよ」
「失敗しても、やり直せるんだよ」

子どもにそう伝え続けられる母でありたいです。

おわりに

夫とのやり取りから学んだことは
時に苦しい経験でもあります。

でも、それを通じて
「自分はどう動くべきか」を
考えられるようになったのは大きな収穫でした。

尊厳を守ること。

それは、子どもだけでなく
自分自身やパートナーに対しても
必要なことかもしれません。

私もまだ練習中ですが
こうして少しずつ学びを積み重ねていきたいと思います。

お読みいただきありがとうございました。

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