変えたのは相手じゃなく、自分だった―心地よい「自分軸」で歩む2026年の始まりの小さな勝利

お正月休みを終えて、今朝
車中での夫との
ほんの短い出来事でした。

大きな事件が起きたわけでも、
関係性が
劇的に変わったわけでも
ありません。

けれど私は、この瞬間
はっきりと思ったのです。

あ、私、変わったな
と。

私にとっては
これは立派な成功体験
と言っていい感覚でした。

少し前までの私だったら
同じ場面で
まったく違う反応をしていたはずでした。

胸の奥に湧き上がる違和感を
そのまま言葉にして

気づけば、また
喧嘩になっていた。

そして

車を降りたあと
決まって同じことを
考えるのです。

もう少し、 違う
立ち回りできなかったかな

そうやって
自分を振り返り、反省し

どっと疲れる。

それが
長いあいだ繰り返してきた
私の行動の”癖”でした。

今回は、2026年の最初の記事として
この朝の小さな気づきを
書き留めておこうと思います。

これまでの私が抱えていたもの

今日の夫とのやり取りの「お題」は
長男への私の対応について
でした。

子育てをしている中で
私が長く苦しんできたのは

多忙なスケジュールでも
子どもに振り回されることでも
ありませんでした。

「夫との子供に関するやりとり」

これが毎日生活する中で
重荷になっていたもの
そのものでした。

もちろん、
私も夫も育った環境は全く違います。

だからこそ、
「意見の違い」があるのは当たり前。

じゃあ、何が重く、
大変だと感じていたかというと。

それは

その、「伝えられ方。」

こちらの背景や積み重ねに
配慮がないまま

まるで

すべてを理解しているかのように
正しさ」の位置から
投げられる”アドバイス”

私はそれが
どうしても受け入れられなくて。

「助言」ではなく

まるで
現場を知らない「評価」や

「上からの指示」としか
感じられないことが
何度もあったんです。

特に

子どもとの関わり方については
簡単な話ではありません。

その日の体調や、気分や
これまでの積み重ね。

一瞬のやり取りの裏側には
説明しきれない背景が
たくさんあります。

だからこそ

その一瞬を切り取って
判断されて

一方的な言葉を
向けられるたびに

「分かってもらえていない」
という寂しさや

「結局、ワンオペでするしかない」
という悔しさが
膨らんでいったのだと思います。

そして

これまでの私は、
その気持ちをそのまま
言葉にして、ぶつけていました

今となっては
これは完全に私の落ち度。

「こうなった流れも、背景も知らないで
 どうしてそんなに知った風な口なの?」

「一部分しか見ていないのに
 自分が正しい前提で
 しゃしゃり出てこないで」

「感情的になりたくないのは
 私だって同じだよ。
 でも、
 それがうまくいかないから
 苦しいんでしょう」

そのどれもが、
本音でした。

でも、これじゃ
相手に伝わらない

そう、これらの言葉が
状況をよくすることは
ほとんどありませんでした。

夫は、防御的になり
話は、すり替わり…

結局、お互い
消耗して終了

悔しさと、

「また同じことを繰り返した」
という
自己嫌悪だけが残る

それでも私は
どこかで

「言わなきゃ伝わらない」
「反応しなきゃ負け」

そんな思いに
縛られていたのだと思います。

なぜ今回は違ったのか

今朝の出来事も
構図だけを見れば、
これまでと同じでした。

車に乗って
走り出した瞬間から

夫は、
思いついたことを
次々と口に出します。

車道にはみ出て歩く
歩行者のことや、
前の車の運転のダメ出し…

そんな話をずっと
一生懸命しています。

(以前の私なら、ここで
正義の鉄槌を下していたところです

夫も夫なりに
よかれと思って?
私と関わろうとしているのは
分かっているけれど

私はと言うと、
その時点で

ひとつの
スイッチが入っていました。

あー、また始まった

そう思った瞬間、
今日は不思議と
感情が動かなかったのです。

以前の私なら、

余裕のなさが一周回って笑えるくらい
夫と全く同じ温度で
反応してしまっていたはずなのに。

だからこそ、
このやりとりの後に

長男の話を
上から目線で語られたときも

私は
冷めた温度のまま
対応出来たんです。

私は
話を遮らず、
言い返さず、
最後まで聞きました。

そして

ただ、心の中でそっと深呼吸をして
「そうですか」と
穏やかに受け流せました。

それは

計算でも、我慢でもなく、
相手を無視するためでもなく。

単純に、
相手のペースに乗らなかった
だけ。

つまり
自分の平穏を守るための
私なりの返礼でした。

後から思えば、
それがすべてだったのだと
思います。

人は、
落ち着いているときにしか
落ち着いた選択はできない

自分の軸”からブレて、
相手の感情のスピードに巻き込まれたら
その時点で、もう、
負けなのだと。

笑ってしまうけれど、
本当にそうなのだと
実感しました。

私にとっての「自分軸」

この出来事を通して
私は改めて考えました。

自分軸って、何だろう
と。

私にとっての自分軸は

強く主張することでも、
黙って耐えることでも
ありません。

声を張り上げたかどうか
でも、
我慢したかどうか
でもない。

ただ

あとから
振り返ったときに

自分が納得できる対応だったか。
自分を責めずに済む選択をできたか。

それだけです。

今朝の私は、少なくとも
その条件を満たしていました。

誰かに
評価されたわけではない。

関係が
改善したわけでもない。

でも

自分の中に
静かな手応えが残った

それは、
これまで感じたことのない
なんだか清々しい感覚だったんです。

文字にすると
地味すぎて笑ってしまいますが

私にとってはこれこそが
2026年最初の『成功体験』でした。

まとめ

2026年は、
どんな相手であろうと
どんな言葉を向けられようと

自分軸で
自分が納得する選択を
していきたい

反応するか、
しないか。

説明するか、
手放すか。

近づくか、
距離を保つか。

その判断基準を

「相手」ではなく、
「自分」に置く一年にしたい

と思っています。

変わったのは、
相手ではありません。

色んな気付きを
大切にしているうちに

いつのまにか
自分を変えられていた。

こんな小さな選択の積み重ねが、
人を少しずつ
成熟させていくのかも
しれません。

そんなことを考えながら

2026年のはじまりに
私は今日、

自分が後悔しない
ひとつの行動を選びました

というお話でした。

今年も、
それぞれにとって
心地よい一年になりますように。

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

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